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フランスのお葬式

フランスお葬式

この前はじめて、フランスでお葬式に行きました。結婚式というのは行く機会があっても、お葬式というのはなかなか無いものだと思います。
いろいろと、驚きがありました。

亡くなったのは、彼氏のお父さんのいとこのお母さん(ご高齢でした)。つまり、彼氏のお父さんのおばさんか。私は一度も面識がないのですが、お父さんのいとこは、私と彼氏の家に一度招いたことがあるのです。

お葬式には、彼氏と、私と、彼氏の妹二人と、お父さんが行きました。(お母さんは行かなかった)。彼氏も妹二人も、亡くなった方とは面識がないそうです。
彼氏と妹二人は、さも親しげにあるおばさんと話していて、私があとで「あの方、だれ?」と聞くと「知らない」と答えるなど、縁はかなり遠かったようです。

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まず一番最初にいったのは、ATHANEE(アタネ)という所。これはニースではかなり昔からある、サン・オーギュスタン墓地の付属で、お別れ室のような建物です。
ここには部屋がたくさんあって、各部屋に遺体が棺に入って安置されます。部屋は10個くらいあったけど、私が行ったときは、2部屋だけ使われていました。

ここでは棺の上のほうがあいていて、お顔が見えるようになっていて、最後のお別れをします。

私なんて末端の末端の参加者ですから、末端らしく部屋に入った時も後ろに引っ込んでたのでよく見えなかったけど、衣服は普通のスーツのようでした。各自で好きなものを着せてよいようです。
ちなみにこの部屋の使用料は、135ユーロ(2万円くらい)らしい。これが基本料金で実際はもっと高いのかどうかは知りません。各自で葬儀業者を選ぶんですって。

さて、参加者の服装なんですが……。

日本から見たら、「これは葬式か?」と思えるような恰好。
さすがに喪主(お父さんのいとこ)と、喪主の弟は、グレーのスーツに黒のネクタイ。お年寄りの一人は、黒いスーツに黒いネクタイだったけど、他の人は……。

黒いドレスに靴だけど、キンキラ金の大ぶりネックレスイヤリングをしたおばさん。
黒いドレスだけど、まっかな模様の靴をはき、派手なかばんをもったおばあさん。
地味とはいえ、普通のシャツに黒いズボンのお姉さん二人(孫だそうです)。
茶色の模様の入ったワンピースのおばさん。
黒い上着とズボンだけど、へそがでてて、ブレスレットを何重にもしているお姉さん。
黒いワンピースだけど、手も足も思いっきり派手なマニュキアしているお姉さん。
ふつうのスーツのおじさん。
派手ではないけど、普段着のおばさん。

なんなんだ、これは。私がいちばん黒いじゃないか。
金のド派手なアクセサリーってありなの?

さて、ある時間になると、みんなで市内のノートルダム教会に移動。ずらっと並んで車で移動するところなんて、日本そっくり。霊柩車は、濃い茶色。窓のところにいぶし金で、派手ではないけれど、ちょっと模様が書いてありました。

ノートルダムにつくと、ちゃんと通りの脇に駐車の場所が確保されていて、警官が二人いました。いつもはここにいないのに、お葬式の時だけは配備されるのかしら。確かに、お葬式の最中にこそ泥が車を荒らしたらイヤよね。
フランスでも、お葬式の時はなにかとお金などをもっているものなのだろうか。といって、貴重品を車に残していく人は、普段でも一人もいないと思うけど、よくわかんない。

アタネでは親族だけだったけど、ここからやってくる参加者もいたみたいで、30分近く、入り口の所でみんな話していました。とにかくフランス人って「話す」という行為から逃れられないのよね。話すのが礼儀とすらいえる。

待っている間、棺は車にいれたままだけど、後ろの扉はあけて、棺をちょっと出していました。暑いからかな? でも冷房くらいついているでしょうに。死臭が車につかないようにかな? ナゾ。

すでに前にいた部屋で、ひつぎの後ろのほうに、みんなが持ってきたお花が置いてありました。お花は色とりどりで、華やか。鉢植えもあり。花もリボンも、なんでもいいみたい。さすがに赤などの華やかな色のリボンはなかったけど。
私たちが行ったお花屋は「葬儀のため」と言ったら、銀の大きなリボンをつけてくれました。
それを業者が教会にもってきて、教会につくやいなや、教会の入り口に置くのです。

教会の入り口には、ほかにも記帳台もおかれていました。脇のバスケットに、なにやらメッセージ・カードが入ったカゴ。
「あれ、なに?」と聞くと
「花束についていたカードだよ」とのこと。

そうして待つこと30分。神父さまが入り口に現れて、まずは喪主にあいさつをしました。そして棺を中に入れ、葬儀業者の主任が「みなさま、中にお入りください」と声をかけた。

この葬儀業者の主任は、最後まで堂々と背筋がぴんとはっていた。日本だとベテランほど腰が低いのとは対照的。威儀を正して式を、という感じでした。
あとは2,3人ほど若いのがいて、みんな高校球児みたいな頭だったのが印象的でした。主任は堂々としているのに、若いのはみんな、日本の葬式業者と同じ泣き顔。葬儀業者はみんな、グレーのスーツにグレーのネクタイで統一されていました。主任だけは濃いめのスーツだったけど。

まんなかの通路をとおって、棺は聖段のところに置かれ、参加者もあとに続いて入場。
さて、ここで神父さまの言葉が始まるのだが……。

私はその前の日まで、尾てい骨をうったせいで毎日安静にしていたので、急にたくさん動いたのと暑いのとで、気分が悪くなった。
神父さまは「家族の愛が、家族の愛が」とそればっかり言っている。神父さまは立って話していて、台があって、そこにマイクがあるのだが、右肘ついてマイクに手をふれて話している。
まじめな日本人の私は「ひじをつくな!」と思うのだが、そういうことは誰も気にしないものらしい。

家族の愛ねえ……。
なんだか妙にしらけた気持ちになった。そりゃ、亡くなったおばあさんは昔の人だから、よいキリスト者だったのかもしれない。でもその息子は、離婚してるんだよ。カトリックの教義から言ったら禁止だよ。
前述の「茶色のワンピースを着たおばさん」は、息子の「いまの」恋人だって。「5人いるうちの一人がきたのさ」なんて他の人から冗談を言われた。まあフランス人らしくて別にいいのだけど……。

私はカトリックに詳しくないけど、「確かここでは、みんなで神父さまと一緒にお祈りを唱えるんじゃなかったっけ?」と思えるところでは、全然静か。わずかに声が聞こえてくるということは、私の記憶は間違いじゃないのだ。

ニースの旧市街には、ごく地元のカトリック信者が集まる教会がある。ほとんどすべてのフランスの教会が国の管理下なのに対して、そこだけは地元会の独立教会なのだ。
そこのミサでは、参加者全員がお祈りを唱えるから、みんなの声が教会のなかに響きわたるのだ。

それなのに、このお葬式では、50人くらいが出席しているのに、ほとんど声が聞こえてこない。みんな祈りの言葉を知らないのだと思う。あるいは信条で唱えないのかもしれないが、どっちにしろ知らないことには変わりない。

カトリックの祈りの言葉も知らず、カトリックの教義にも従わずに家族は崩壊しまくって、そういう現代フランス人の参加者に「家族の愛が、家族の愛が」という神父さま。むなしい。

ここで響きわたる、グノーのアヴェマリアのパイプオルガンの音楽(録音だけど)。美しい。ここでだけは、なんだかほろっとくる私。私だけじゃないらしく、参加者からすすりなきの声が。
カトリックの教会って美しいし(なじめるかは別として)、音楽もたいへん美しい。昔の人は、ほんとに信心深くて、神やマリア様やイエス・キリストを信じて、心をこめて芸術を捧げたんだなあ……と、今が今だけに、よけいに感じる。

次に、神父さまがキリストの肉であるパンを、参加者一人ひとりに渡す儀式。カトリックではおなじみだ。
ここでも、参加者の半分くらいは行かなかった。やっぱりこれも宗教離れの結果なんだろうか。

後で聞いた話ですが、神父さまが読む聖書の場所も音楽も、遺族が選べるそうです。ということは、「家族の愛が、家族の愛が」という個所は、カトリックから見れば破門の息子が選んだのか。。。まあ、きっとごく無難な個所なんだろうな。
それに、亡くなった方は離婚もせずに家族のために生きた、信心深い女性だったのかもしれない。
あと、個人は音楽をかなでるのが好きで、このアヴェマリアが好きだったそうです。

さて、厳粛に式もおわり、棺を先頭に、みんなが中央の通りをとおって退出。
私は入ってきたときに、通りの中央あたりの両脇にかごが二つ、高めに備え付けられているのをみて「???」と思った。いつもはないものだ。なんだろう、これ。

退出するときにわかった。これは、参加者が献金を入れるためのかごだったのだ。
普通のミサなら、ミサの最中に参加者の一人がかごをもって回るけど、お葬式だから、それはない。だからそなえつけられていたのだ。

1つだけかごをのぞくと、20ユーロ札が1まい、5ユーロ札が1枚、あとは1ユーロだの2ユーロ硬貨はまれで、1ユーロ以下の小銭がほとんどでした。

外に出て、車に乗り込む。警官2人はまだいた。やっぱりお葬式の時だけはみはっているのかもしれない。

車は、霊柩車を先頭に、またずらっと並んで移動。先ほどのアタネがあった、サン・オーギュスタン墓地へ。全員が車ごと墓地の細い道に乗り入れたのはびっくりした。

フランス(カトリック)は基本的に土葬だけど、今では選択して火葬も選べるそうだ。個人の信条のほかに、お墓はいまとても高いから、焼いたほうがスペースが小さいからお墓も安くすむんだって。
若い人には、「私が死んだら、焼いて骨を私の好きな××にまいてほしい」というセリフが多いのも、日本と同じ。(ただ散骨が法律で規制されているのかどうかは知りません)。

この方の墓地は、伝統的な墓地。
「一人分が寝るスペースの墓地なのに、どうやって何人も入るの?」と聞いたら
「なかで層になっている。でも中にエレベーターはないよ」。
「神父さまは来るの?」
「知らない」だって。

着いたら、もうお墓の土は掘られていた。映画だと、一人分の棺の大きさの土が彫られていて、そこに棺を横たえて、みんなが周りを囲って、神父さまが最後の言葉をのべて、みんながお花を投げて、土をかぶせる──という涙のロマンチックなシーンだけど、実際はなんというか、もっと現実的でした。

お墓は新しいものではなく、どうやら先客がすでに葬られているらしい(故人の夫かも)。なので、故人は上から2段目に葬られるらしく、お墓の前の通路の所の土がほられてあった。

葬儀会社の人が、お墓の上に、贈り物の花束を置く。次に棺を、葬儀会社の若いのと墓守りが、思いっきり棺を45度くらい斜めにして、2段目に入れ込む。絶対に中で、故人は滑って傾いていると思う。。。

と、ここで先ほどのアヴェマリアがまた流れた。車のスピーカーかな。神父さまはもちろんいない。葬儀会社の人が、一人ひとりに赤いばらの花を渡し、順番に斜め下の穴に投げ込んでいく。

投げ込み終わると、アヴェマリアも終わり、葬儀会社の主任が喪主になにか話して手渡している。記念品らしい。
そうしたら、葬儀会社の人はみんな帰っちゃった。あれれ??? 彼らの仕事はもう終わりなのかな。ドライだなあ。

墓守りの人が、花束のセロハンを全部はがし終わった後、土を埋め始める。
ちなみに墓守りの人は白人だったけど、助手はアラブ系でした。

ここはニースでは古いほうの墓地だから、墓守りはフランス人(ニース人)かもしれないけど、多くの人がやりたがらない仕事の働き手と同じように、ヨーロッパの貧しい国から来ている白人なのかもしれない。近くにいなかったから会話が聞こえなくて、発音が聞こえなかったから、区別がつかない。

もしそうなら、うがった見方だけど、墓守りも、たとえ移民や外国人であっても、白人じゃないといけないわけだ……。(アラブ系の墓守り助手は、棺に触れなかった。触れる機会があったのは、葬儀参列者と葬儀業者と墓守りだけ)。

まあ、そうかもなあ……。肌の色が違う人を嫌う人だっているんだから。もし故人がアラブ系や黒人系移民が、表面はともかく、実は大っ嫌いな人だったら……。
そういえば、葬儀業者の人も、全員白人だなあ、こういう仕事に若い者を集めるのも大変でしょうに、まさかアルバイト? この人たちもフランス人じゃないのかな、貧しい白人国の移民の子だったりして、など、つらつら考える。

ひととおり土をかぶせると、土の山にシャベルをつきたてて、終わってしまった。
何か喪主の人と墓守りが話している。助手が道路工事で使う、地面を固める機械みたいのをもってきた。おそらく「これで終わりなのか」「いや、この後はこの機械で固めるのでね。うるさいし、別の日にやるほうがいいんですよ」みたいな会話をしているのかな、と想像した。

ここに至って、暑くて気持ち悪くなっていた私は、木陰に行こうとくるっと向きをかえて移動しようとしたら、思いっきりおでこを案内板にぶつけてしまった。
「いたっ!」と叫び声をあげるわけにもいかず、ぐっとがまんして、なんでもないフリをして歩こうとしたけど、6,7歩歩いて、おでこに手をあてて思わずかがむと、後ろから「くっ!」という忍び笑いが……。近辺のひと、全員に見られていたらしい・・・。
真剣な場で、必ずドジをふむ私。

というわけで、あとはまたずらっと車を出して、みんな帰っていったのでした。

故人が高齢だったせいか、本当に悲しそうだったのは息子二人くらいで、やっぱり涙ぐんでいました。

式を通して思ったのは、宗教離れの現象は、国は違っても日本と同じだなあと思ったこと。
あと、どんなに宗教離れしても、亡き人を思う心だけはどうしようもならない、赤ちゃんの誕生も、結婚式も、無宗教にできる。でも、お葬式だけは──。亡き人をとむらい、亡き人を思う心だけは、宗教と無縁ではいられない。これはフランスも日本も同じ、ひとの心なのだ、──そんなふうに思いました。


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